彼らの見る先の世界

欲望こそがアイデンティティ.

続・私が恋愛出来ないのは、どう考えても私が悪い

 

またくっそ長い自分語り。

ほんと読んでいただく価値なくて申し訳候。

 

 

 

 

 

なんていうか、拗らせている。

 

私事ですが、こないだ29歳になりましてね、なんか29歳になった途端「結婚しなきゃやばい」という衝動に、い き な り か ら れ ま し いた。

入社したとき私の直の先輩が29歳で、正直BBAだな、なんて思ってたくせに、あっという間に自分もそこまできました。みんなもあっという間だからな!?光陰矢の如しだからな!?いや、前回も書いた通り、三十路になったからってなんのこっちゃないんですよ。アンケート書くとき「30代」に丸するようになるぐらいなんですよ、強いて言えば。だけどそれが嫌、というかめちゃくちゃ怖いんですよ、りあるに。現代日本は晩婚化しているとか、結婚適齢期の男女の7割に恋人すらいないとか、そんな統計結果も出てますが、私の周りの現実はそんな結果から真逆を行く感じなんだけど、その統計どこでとったのまじで。人並みの人生を送れていないということが、こんなにも自分に不安と焦りを落とすのは、私が1人で生きてくだけの立派な職業も能力も才能も持ち合わせていないことが大きな原因なのでしょう。だけれども原因がわかってたところで、今更1人で生きてくだけの力を身に付けるのと、寄り添いささやかに生きていく誰かを見つけるのと、どちらが簡単なのか私にはもはやわかりまてん。てん。

 

2018年になり、三十路がもうすぐそこまで迫ってきてると実感したとき、あ、なんかやべーと思って、年明け早々から2回合コンに行きました。そこで出会った人達は、みんな普通にいい人でした。だ、が、しかし、「普通にいい人」の枠から外れない。いや、そもそも「普通にいい人」ってめっちゃいい条件だろ!?って話なんですが、大体の人が「普通にいい人」の中からどうやって選べばいいのか私にはわからない。私この歳にもなってまだ恋愛結婚したいと思ってるので、条件で絞り出す戦法はとれなないんすよ。付き合うのすら好きじゃないと出来ればしたくない。自分が盛り上がってないと、付き合う前の段階でだいたい萎える。だってト キ メ キ た い ん だ も ん。前の時に書きましたが、私にとっては「普通にいい人」が一番興味ないゾーンなわけであって、そんな私が出会った「普通にいい人」の中からトキメキを探すのは至難の業でありまして。というか「普通にいい人」が好きじゃない時点で、結婚適合者じゃないのは重々感じている。優しくて穏やかな人と結婚するのは、安心・安全・安定な結婚生活を手に入れられるのはわかってるけど、そもそも好きになれねぇからはじまらねぇ。私一体どこで人生こんなドMモード選択しちゃったんだろう。

でもね私こう見えてすごい真面目なんですよ。真面目というか頭固いというか。結婚するなら寄り添いたいとか幸せにしたいと思える人じゃないと、とか、責任を負ってもいいって思える人じゃないと、とか、なんか教科書に出てくる模範解答みたいな考え方してるんですよね。だから私が幸せにしたいと思ってるわけではない、私のことを幸せにしてくれそうな人との結婚は全然想像出来ないというか、こんなとこにも等価交換の法則は反映されてて、幸せにしてあげたいと思ってない人に幸せにしてあげたいと思われたくないんですよね。だって重い。身に余る重荷。もはや恐怖の域。返せないもんは貰いたくない。そして心底ケチくさいこといえば、貰えないもんはあげたくない。ケチ、というかそれは怖い。自分が傷付かない為に、等価交換、なんてそれっぽい言葉でまとめようとしてるだけで。小心者には、恋愛にはとても難しい。

真面目のくせに、あらさーにして今セのつくお友達いたりして。自分のこと棚にあげるわけじゃないんですけど、別にセフレがいてもいいとは思うんですよ。割り切れてさえいれば。私にとって彼は焼肉を食べてそういうことをする相手で、言うなれば人間の三大欲求のうちの二つ、食欲と性欲を満たしてくれるありがたい存在なんですよ。付き合うとかそんな次元ではなくて、彼にはそんなこと求めてないからすごく楽。きっと私達は根本的に似ていて何でも話せる。好きだけど好きじゃない。頼りにはしてるけど信じてはいない。2人でいても1人でしかない。友達じゃないからセックスもキスもできるし、恋人じゃないから愛と恋とか求めなくていい。だから楽。責任を負わなくていい、というのはこんなにも楽で、だからこそ何も残らない。私楽ばっかり追い求めてんなぁ。もしかしたら史上最強のビビリで快楽主義なのかもしれない。こんな合理的な関係を楽だと思ってしまうあたり、やっぱり私は独り善がりにしか生きられないらしい。

仕事上色んな人と話す機会があるが、結婚適齢期で結婚していないというと、「えり好みしちゃダメだよ〜」とか、「少しは我慢して〜」とか説教たれられる。ってかそりゃえり好みするに決まってんだろ!普通にいけば人生で一回のことだし、今えり好みしなくていつすんだよ!!!あ、そろそろですか?じゃあうーん、あの人で、なんててきとーに選べるわけねーだろ!!って気持ちが爆発して仕方がない。性格が悪過ぎて周りにやんややんや言われれば言われるほど、どんどん結婚したくなくなる。結婚できてやっと人並みなの?バリキャリじゃなくて、能力も資格もない私は、結婚しなきゃ人並みになれないの???結婚できたって幸せになれるかなんてわからない、って臆病風吹かせまくって、でも結果自分自身が一番「結婚出来てないやつはあまりもん」って思ってるんだと思う。だからそこまでしたいとも思ってない結婚を、周りに強要されることがストレスで、出来てないことが不安で、こんなにも意識して振り回されてしまう。だって「あまりもん」になりたくない。だって私が結婚をしていないことに、立派な理由とか主義とかがないから。「してない」では「出来てない」だから。だから「あまりもん」とか思ってしまうんだろうか。

「好きな人と結婚したい」っていうと、今の年齢じゃそれは無理だよ、と返されることが多い。まぁ確かに今から悠長に愛を育む時間はないといえばないし、そもそも全人類にほぼ否定的に入る私が言えたセリフじゃない。29歳になったら結婚しようね、と言われていた男友達がいて、いざその29歳になるとどう接したらいいかわからなくなったし、じょ、冗談じゃん、とお互いぎごちなく言い合うなんとも言えない距離感が生まれた。まだまだ先だと思っていたその年齢を、実際に独りで迎えてしまったというショックと、え、じゃあ恋愛のホップステップすっとばして結婚すんの??という疑問と、それは妥協というか完全なる合理主義の結果だよなぁ...というもやもやが、一堂に会した。友達とは結婚出来ても、恋愛は出来ない。だからずっと友達だったのに。けど相性はいいのわかりきっている。けどきっと私とその男友達は結婚しない。だってお互いに人生の一大決心をする情熱がないから。そして私はやっぱりどうしても恋愛結婚がしたいのだ。

だから最近ちょっとやる気だして、3人ほど友達に紹介をしてもらった。まだ連絡を取り合ってるだけで会ったことはないけど、そのうち2人とは会う約束もした。そしてその1人と今日の夜ごはんだったりする。彼は「普通に優しいめちゃくちゃいい人」だと思う。今のところ、全然乗り気じゃない。全然楽しみじゃないし、何着てこう?なんてワクワクもない。それは彼が「普通にいい人」そうだからだろう。私なんでこんな普通にいい人NGなんだろ。しかもこうやって連絡を取り合う中で、あ〜普通にいい人そう〜ってある程度イメージして、実際に会ってほんとに「普通にいい人」だと余計がっかりして萎えてしまう。普通にいい人=つまらない、な思想の自分が憎い。加えて私自分がブスなことを棚に上げて、メンクイらしいですわ。友達によっく言われる。イケメンじゃないと嫌、というよりは、自分の好きな顔な範囲に入るという条件が譲れないらしい。毎度書くたび思うけど、私ほんと何様なんや。いやほんとお母さんお父さん親不孝な娘でごめんなさい。願わくば今日会う彼が、私の思う「普通にいい人」じゃありませんように。あーめん。