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彼らの見る先の世界

欲望こそがアイデンティティ.

だから知った気になんてなりたくない

俳優 成宮寛貴さんの引退報道を受けて。

普段別にファンってわけじゃなかったけれど、綺麗な顔をしていて繊細そうな儚い雰囲気があるところが素敵だなって思っていた。今回の成宮さんの件で思ったのは、何かを勝手に語ることの怖さだ。今回は週刊誌の悪意ある記事だったけれども、こんなにもSNSが流通する世の中で、簡単に思ったことや、もちろん根も葉もない嘘だって、誰だって簡単に垂れ流すことができるわけで。私達だって加害者になることだってありうるのだ。私達が勝手に知った気になって、垂れ流していることだって、いつかアイドルを傷付けることもあるかもしれないのだ。

 

去年色々とKAT-TUN界隈が荒れていたとき、私は何年もファンだからメンバーの気持ちがわかるの!だから気持ちを代弁してあげてるの!と鼻息を荒くし、去るメンバーを叩く発言をしている過激派のファンの方を、Twitterで何人も見た。

私には、どうして話したこともない人間の気持ちを代弁出来ているなんて思うのか、どうして自分の意見をさもアイドル本人が思っていることのように発言したがるのか、とても不思議だったし、そこになんの意味があるんだろう、と思っていた。彼らがアイドルとして、私たちに向けて発信した言葉の全てを聞いたり読んだりしたとしたら、彼らがアイドルとして見せてくれている部分のことは、だいたいはわかるのかもしれない。でも、それでも、私たちが知っているのは、彼らがアイドルとして仕事をしている顔の部分だけなんだと私は思っている。

私にとってはそれは、寂しいことでも何でもなく当たり前のことで、アイドルにはずっとそれくらい遠い存在でいて欲しいし、それ以上は交わらなくていい。そりゃプライベートでは誰とつるんでて、どんなことしてるんだろう、って興味がわかないわけじゃない。だけど好きなアイドルの全てを知りたいなんて思わないし、きっとこれから何十年ジャニオタでいたって、アイドルのことを知ってるなんて思う日は、私にはこないと思う。知った気になんてなれないし、なりたくない。私がいかにして彼らを好きで、どれくらい彼らを応援しているか語ることはいくらでも出来るけど、私たちがファンとアイドルの関係でいるかぎりは、「知ってる」ってことになることはない。

知ってるって言ったって、それは彼らの発言や文章を受けて、自分たちが想像したり推測したりしたことに過ぎない。そこには根拠も確信もないし、私たちは沢山溢れる情報の中で、自分の信じたい部分や自分が考えてることに一番近いところだけを切り取っているだけなんじゃないのか。だから、私の推測でアイドルがこう思ってるに違いない、なんて勝手なことは言いたくない。私の意見をアイドルに無理になすりつけたくなんてない。

 

アイドルからはいつも沢山のものを貰ってる。かっこよさとか、可愛さとか、楽しさとか、癒しとか、少々のとんちきさとか、憤りなんかも。

だから私に出来ることの中で彼らが嬉しくなったり楽しくなったり笑顔になったりすることがあるのなら、そりゃなんだってしてあげたい。貰っているものを少しでも返してあげたい。夢も希望もないことを言えば、だったら金使えよってことだとは思うけど。私の出来る範囲でだったら、お金も使う。だってそれが一番わかりやすいアイドルにしてあげられることな訳だし。私はアイドルが好きでポップでハッピー!な浮かれたファンでいたいし、いつも私たちに色んなものを与えてくれる彼らのように、何かを与えられるファンでいたい。彼らに許された少しばかりの自由や、プライベートに踏み込み、奪うファンにはなりたくない。

アイドルは生身の人間が、自分という人間を切り売りして成り立つ仕事なのだ。そりゃ有名になることで、沢山の人からちやほやされたり、私には考えられないようなほどの華やかな世界で、普通は経験出来ないようなことを沢山できるかもしれないけれど、だからって「有名税」なんて言って、彼らの全てを暴こうとしたりなんて、しちゃいけない。人に知られることがアイドルの仕事だからって、何でも好き勝手に言いふらしたりしていいわけじゃない。私には、彼らがさらされている目に見えない大きな大衆の好奇の目から守る力も術もないけれど、せめて彼らのマイナスにならないファンでいたい。

私はこれからも勝手にこのブログでアイドルへの愛を叫んだり、私利私欲にまみれた妄想を垂れ流したり、主観以外なにものでもない感想や考察を好き勝手書くだろうし、そのことには何の意味も生産性もないだろうけど、改めてアイドル自身のマイナスになるようなことだけは、しないようにしたい。